大切な人は、いつまでも傍にいない...最期の贈り物を道標に。

こんにちは、ざんぷです。つい先日、僕にとってとてもショックな出来事が起きてしまいました。気持ちを整理するためにも、書き綴る事にしました。「大切なひと」が近くにいる方には、読んで頂けたら嬉しいです。駄文・長文ですみませんが、それを承知で書かせて頂きます。

突然の別れ

2017年1月4日 PM12:30。

妻の母代わりだったお婆ちゃんが、

(以降、義母と言わせて頂きます)

急逝してしまいました。

急性心不全と告げられました。

 

急性心不全とは

心臓のポンプとしてのはたらきが急速に低下して、全身の血液の流れが滞る状態(うっ血)です。
心臓のポンプ機能のうち、肺から血液を吸い上げる力が低下することで肺にうっ血(肺胞(はいほう)のなかに液体が滲(し)み出してたまる)し、酸素交換が悪くなることから呼吸困難になります。また、全身に血液を送り出す力が低下するので、口唇や皮膚が紫色になるチアノーゼが起こります。
血圧が低下する状態は心原性(しんげんせい)ショックといわれ、適切に治療をしないと生命の維持が困難になります。

(引用元:https://health.goo.ne.jp/medical/10630100

 

幼少期から本当の母の顔を知らない

妻にとっては、相当ショックだったようです。

なんせ、つい先日まで

普段通りに電話をしていたのに、

年明け早々2日に倒れ入院し、

二日後の4日に急逝してしまったのですから。

 

娘が生まれたばかりで、正月は帰れず、

「暖かくなったら帰るからね」

って言っていたのに...

心の準備なんて、全く出来てません。

 

3日に危篤の連絡を貰ったときは、

胸が張り裂けそうな想いでした。

地元上越から片道3時間ほど、

車中で泣きながら無事を祈るしかない。

そんな状況で、

「全身の血の気が引いた」

正にそんな感じでした。

 

危篤状態から一時的に意識を取り戻し、

横たわり虚ろな瞳の義母でしたが

無事再会出来ました。

 

なんとか間に合った喜びも

束の間の出来事となったのは

本当に残念でなりません。

 

義父とは、

「これを乗り越えたら...」

なんて話もしていたのに。

 

血縁関係を越えた義母の存在

義母ではありましたが、

僕にとっても凄く大切な存在でした。

 

2010年・結婚の数年前、

緊張した面持ちで実家を

訪問したところから始まり、

帰省する度に良くしてくれました。

 

福島県喜多方市で生まれ育った義母は、

方言やなまりが結構強かったのですが、

いつも僕を気遣って、ゆっくりと

標準語を意識しながら話してくれました。

「しゅんすけ」と上手く言えずに、

いつも「すんすけくん」といってた

可愛らしい義母の姿が今も目に浮かびます。

 

時折妻が、

「今なんて言ってたか分かった?」

なんて冗談で言っていたのも、

当時は腹立たしかったですが、

今ではいい思い出です。

 

仕事柄、毎月のように帰省できていたので、

それ以外にもたくさんの思い出があります。

 

実家近くの史跡・名所や、

グルメスポットも一緒に沢山巡りました。

 

昔、食堂で働いていたこともあり

料理上手な義母の手料理も沢山食べました。

「こづゆ」「棒鱈漬け」「ニシン漬け」

などの郷土料理や、

「茶碗蒸し」「お蕎麦」「唐揚げ」

など家庭料理も沢山です。

 

帰省の最後に持たせてくれる「おにぎり」も、

もう食べれないかと思うと、

とても寂しい気持ちになります。

 

そんな義母との別れは、

想像を絶する程の悲しみでした。

亡くなってから葬儀が終わる迄の数日、

どれだけの涙を流したことか。

 

「涙が枯れるほど泣いた」

なんて表現がありますが、

あれは迷信だと気がついた程です。

どれだけ涙を流しても、

枯れるどころか溢れ続けましたから。

 

血のつながっていない僕ですら、

そこまでの深い悲しみだったのですから、

妻は相当辛かった事でしょう。

 

亡くなってちょうど1週間の今日もまだ、

電話越しに涙を流しているのが

伝わってきましたからね...

 

しきりに、

「まだ夢の中にいるみたい」

「いつになったら目が覚めるの?」

「何もやる気になれない」

なんて言ったりして、

しばらくは立ち直れそうにありません。

 

忘れる必要なんて無い

妻は言います、

「どうやったらこの悲しみはなくなるの」

「こんなに沢山の思い出忘れられないよ」。

 

幼少期、義母と父親との

3人暮らしだった妻ですから、

これまでの思い出なんて

語り尽くせないくらいあるでしょう。

 

「やってあげられなかった」

「どうしてあんなことしちゃったんだ」

と、後悔も沢山あるみたいです。

 

夜寝床にはいる時、朝目が覚めた時、

静かな部屋に1人佇んでいる時。

つい思い出しちゃうんです。

その度に妻は涙を拭っています。

 

そういった想い、どうやっても

消し去ることは出来ないんですよね。

忘れることなんて出来ないんです。

 

というか、そんな必要なんて無いんです。

思い出してどうしようもなく

悲しい時には泣けばいいんです。

 

そうやって気持ちに整理をつけていき、

自分の中の一部にしていく他ないんです。

 

「何も手に付かない」と妻は言います。

これは本当にそう。

僕もまだ、気持ちが浮ついて

手に付かないことが多いですから。

 

それでも、残された僕らは

前に進まなくてはなりません。

 

「やる気を起こす」ことって

本当にエネルギーがいります。

だから、今みたいな状況では、

「やる気なんてなくていい」

と、そう思います。

 

ただ目の前にある事を淡々とこなす。

そうやって行動することが、

前進するきっかけを作ってくれるはず。

動いていれば少しは気もまぎれますしね。

 

「大切なひと」はいつまでも傍にいない

痛感しました。「大切なひと」は

いつまでも傍にいてくれないんです。

それに今回は気づきました。

 

分かっていると思っていたつもりが、

今思えば、普段の行動が

全くともなっていませんでしたからね。

 

「あの時こうすれば、ああすれば」

やらずに終わった後悔は根強く残ります。

まだ大切なひとが近くにいてくれる方は、

そのひととの時間を大事にして下さい。

いなくなってからでは、その時間や想い

を取り戻すことはできないのです。

 

また、自分のことを大切だと

思ってくれているひとのために、

自分の身体も大切にして下さい。

 

不摂生していませんか?

身体の不調をそのままにしていませんか?

まだ高齢じゃないからと安心していると、

そのうち大後悔してしまうかもしれませんよ。

 

大切なひととの時間を大切に、

自分の身体を大切に、

後悔のない人生にしなさいと、

亡くなった義母から最後に、

大きなプレゼントをもらったような気持ちです。

 

2017年始まったばかり。

一生懸命に頑張って、

婆ちゃんに見せて上げなくちゃな。

 

 

すみません、長くなってしまって。

今日はこれにて失礼します。


おすすめの記事